プロフィール

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ご訪問いただき、ありがとうございます。

かよと申します。

自己紹介に少しお付き合いください。

自己紹介・私の思い

私には大腸がありません。

ついでに、小腸も少し短くなっています・・何センチだったかは記憶ナシ。

トイレに1日10~15回通う日々です。

こんな身体で13年以上、まずまず、元気にやってます!

結婚もして、子どももいてます。

大阪に住んでるのに、ボケやツッコミが得意ではない、大阪人です。

ボケやツッコミが得意でないのに、関西弁しか喋れません。

文章が関西弁になっていても、温かくお許しいただければ、とても喜びます。

これを読んでくれてるあなたも、こんな感じではないですか

・今現在、潰瘍性大腸炎と戦っている
・手術を考えている、勧められている、手術が決まっている
・大腸全摘出をしたところだ
・大腸のない生活で困っている
・子どもや奥様・ご主人、恋人、親友が上記の状態でどうすればよいか分からない

メッチャ不安で・・・困ってるんだけど、相談できる相手がいなくて・・・なんかもう、よく分からない・・・

私、よく分かります。

だって、全部経験済みですから。

何なら、今も不安に思いながら過ごすこともよくあります。

でもね、ボチボチ元気にやってます!

いい歳して、スノーボードをやりたい!ってチャレンジするくらい元気です。

このブログでは、大腸全摘出から13年以上を元気に過ごしている私が、

潰瘍性大腸炎と戦っている人、
手術を考えている、手術した人、
大腸のない生活を知りたい人、
側にいてるご家族や、恋人、友達

に、元気になって欲しいという気持ちで、

あなただけではないよ!的なハプニング・トラブル、
生活のアイデア・アドバイス、
気持ちの持ち方を中心に発信していきます。

そして、私も辛かった時に欲しかった、気持ちの共感、共有ができたらと思っています。

潰瘍性大腸炎との戦い

もしかして周りと違う?と思い出したのは中学生?高校生?だったかな「トイレに行く回数、もしかして多くね?」という感じでした。

そんな時から潰瘍性大腸炎の症状が始まっていたかは不明ですが、まぁぁぁ‥気づいた時には人よりトイレの悩みはありましたね。

潰瘍性大腸炎の診断を受けたのは、もう25年ほど前になります。

甲状腺機能亢進症の治療で入院していた時でした。

「何それ?」「便潜血?」

怖さに不安もありましたが、無症状だったのが、もしかして逆によくなかったのかもしれません。

病気に対する勉強しない、
薬忘れる、
食事対策しない、
先生の言うこと聞かない・・・

はい、まさしく不良患者。

挙げ句、その時に務めていた開業医(整形)の、「薬、いらないんじゃない?」っていう無責任な言葉で、私は薬を減らしてしまいました。

だってね、潰瘍性大腸炎の薬飲むと便秘になってたんです。

人より快便だった私には、便秘は本当にしんどかった。

主治医に相談せず、無責任な言葉、楽な方を選びました。

今、もし当時の私に会えるなら、もう、めったくそに叱ります!

もしかして、軽度なら、寛解を維持できていたかもしれない・・・

でもこの後、私の病状は悪化の一途をたどります。

本格的に血便がでだし、腹痛、体重の減少‥入退院を繰り返し、ついには、内服薬、注腸、白血球除去療法( LCAP)、ステロイド点滴、
何も効かない、


つまり、内科的治療の限界を迎え、手術適用となったのです。

さて、転院した先は潰瘍性大腸炎やクローン病の手術では全国的に有名な病院。

もう泣いている暇もないくらいのスピードで、色んなことが進んでいきます。

この後も、まあまあトラブルを繰り返しながらも、元気に過ごしていけてるのは、ここと、
子どもの出産でお世話になった、これまた新生児医療で有名な病院のおかげです。

本当に私は、こと、潰瘍性大腸炎に関しては、良い病院と縁があったと、自分の運とそこに導いてくれた人達に感謝しています。

最初の手術~『まあまあトラブル』

内科的治療の限界で手術適用になった私は、状態が悪かったので、IAA2期の手術を受けました。
(間違えてたら申し訳ありません、記憶が・・・)

1期目の術後も順調で、ストーマも無事に閉鎖。

彼氏~結婚~妊娠~と、大腸が何か悪かったのか?って思うくらい幸せな時期でした。

私、なんかした?ねえ、何か悪いことした??

妊娠7ヶ月で、癒着による腸閉塞で急性腹症を起こし、新生児医療で有名な病院のお世話になります。

痛さでベッドでも大暴れし、もう手のつけようがないっていう感じ・・・

主人は、あの姿を見て、よく愛想を尽かさなかったものです。

結局、手術しか選択肢がなく、この時に小腸も少し短くなり、
またストーマ造設、
その手術の為に帝王切開で7ヶ月で赤ちゃんを取り出しました。

赤ちゃんは936gの自発呼吸もできない、超低体重。

身体も辛いのに、初乳を、と搾乳される。

心もついていかず、もう地獄でしたね。

それでも、回復していきます。

少しずつ、少しずつ・・・

食事が取れるようになった頃、お祝い膳が出てきたのを覚えています。

少し落ち着いた時だったので、美味しく頂きましたが、普通に産婦人科で食べたかった。

普通におっぱいをあげたかった。

普通って、どれだけありがたいか、思い知りますよね(笑)

そして、私だけ先に退院。

あとは、赤ちゃんの成長を待ちながら、ストーマクローズできるのを願って、毎日を必死に過ごしていました。

はい、きたよ、トラブル発生!!

またストーマが詰まりました。

自分で救急車を呼び、再び病院へ。

子どもの退院も近かったのに、それどころではなくなり、取り敢えず母子で入院。

なんで?

なんで私が?

もう嫌や・・・

でも私は病院や、医師に縁があるようです。

再び、大腸摘出をした病院へ転院し、
再?
再々?
再再々??
手術を受け、ストーマを閉鎖できました。

入院中の担当医が、手術を執刀してくださった今の主治医の、偉業とも言える処置だったことを話してくれた時には、自分は、実は誰より幸運なのかもと思いました。

術後も順調で、元気に無事退院。

それから10年以上、私も子ども順調!

色々ハプニングがあったり、困った事、悩んだ事もありましたが、元気に過ごいていました。

が・・・

もう許してよ!!

という感じで、出血と貧血でフラフラになって入院をしたのは2019年の話です。

診断は、回腸嚢炎だろう・・ということでした。

絶食、輸血、内服薬の治療で症状は落ち着き、10日ほどの入院で退院することができた時は、どれだけホッとしたことか。

やっぱり健康な人よりリスクはあるんですね。

これからの私

2020年、色んな縁があり、自分を見直す機会がありました。

その中で、私の一生のテーマの1つになる「大腸がない」に関して、

「こんな情報欲しかった」
「こんな話聞きたかった」
「皆、どうしてんやろう」
「誰も本当の辛さ分かってくれへん」
「分かってあげれない」
etc・・・

というのを、自分から発信してみることにしました。

私の体験や発信が、あなたやあなたのご家族、大切な人のお役に立てるの願って書いていきます。

大腸のない人生でも、楽しみながら、元気に生きていきましょう。