こんにちは、かよです。
大腸全摘出後で妊娠・出産を望む女性は多いと思います。
結論を言っちゃうと、『妊娠・出産は可能』です。
私は、大腸全摘出後に一人の子どもに恵まれ、2020年現在、子育て真っ最中です。
今回は、私の実体験を中心に、女性サイドの大腸全摘出後の妊娠・出産の事、私が経験したトラブルから、気を付けたい事などをお伝えしていきます。
大腸全摘出後の妊娠・出産に関して、患者目線の話を知りたい方は、是非読み進めてください。
あくまで、私個人の実体験・意見であることをご理解ください。
潰瘍性大腸炎・大腸全摘出後で妊娠・出産が悩みになる理由
大腸全摘出するしないに関わらず、潰瘍性大腸炎と診断されてからの心配・不安ごとの中に、妊娠・出産の事は、まず、入っているかと思います。
潰瘍性大腸炎自体、発症年齢のピークは男性で20~24歳、女性では25~29歳というのをみても分かるように、ちょうど、結婚・妊娠・出産を考える年齢だからでしょう。
(出典 https://www.nanbyou.or.jp/entry/62)
大腸がある時には、薬で寛解を維持しながらの生活。
健康な人でも、妊娠したら風邪薬を飲むのもためらったりするのに、毎日薬を服用したり、投与したり…
手術をして大腸を失ったら、こんな身体で妊娠ができるのか、分娩ができるのか…
普通に健康なら、妊娠するにも子育てするにもいい年齢で、相手探しに頭を悩ませばいいだけなのに、本当に不公平だよな~っと思いますよね。
確かに、
と思える場面は沢山あります。
『普通』の事が普通にできない。
だからこそ、もしかしたら『子どもが欲しい!』という気持ちが強くなりやすい、のかもしれませんね。
症状も、状態も人それぞれですし、医師でもない私が無責任に言うことはできませんが、
妊娠・出産は『無理ではない』と思います。
沢山乗り越える山があり、不安やリスクも健康な人よりあると思いますが、表に出てこない、出会う機会のない『子持ち』の方がいるのも事実でしょう。
妊娠・出産は可能?まずは深呼吸して、可能性を考えよう
私が妊娠・出産した時期は、1回目のストーマ閉鎖を行ってからです。
ですから、潰瘍性大腸炎の時期と、オストメイトの時期についての体験談はありません。
参考になりそうなサイトを見つけたので、リンクをご覧になってくださいね。
IBD LIFEより「横浜市立大学附属市民総合医療センター 国崎玲子 先生 「安心して妊娠や出産をするために」」
https://www.ibd-life.jp/useful/maternity_proadvice.html
「難治性炎症性腸管障害に関する調査研究」班より「患者さん·家族情報」
http://www.ibdjapan.org/patient/
ブーケ(若い女性オストメイトの会)より「Q&A」
http://www.bouquet-v.com/stoma02.html
ストーマ・ライフより「妊娠・出産」
https://www.almediaweb.jp/stomacare/life/contents/point/011.html
専門的な事は分かりませんが、突破口がありそうですよ。
まずは、パートナーに気持ちを伝え、主治医に相談してみてください。
私達の妊娠出産は、健康な人よりチームプレーが必要です。
子どもを望むなら、ぜひ、最初に目標をたてて進んでみてください。
次に、大腸全摘出された方です。
最初に書いた通り、私は子どもが一人います。
大腸全摘出した後の妊娠・出産でした。
リアルでは、一人大腸全摘出をしてから出産されてる方を知っていますし、ネットを見ていても、子どもに恵まれて子育てしている方をお見かけします。
色んな条件が個人個人違いますが、妊娠・出産は十分可能性があります!
ただただ、不安に押し潰されて諦めたりせず、順番に一歩ずつ準備していきましょう。
《体験談》妊娠・出産でトラブル続出!
私は、大腸全摘出の手術、1期目を終えてオストメイトの時に、今の主人と知り合いました。
付き合いが始まり、数ヶ月経った頃に2期目の手術、無事にストーマを閉鎖でき、結婚という流れでした。
主治医には、妊娠が可能だと聞いていて、付き合う前の会話でそれを話してたそうです(主人談)
なので、結婚後の子作りは自然な流れでした。
わりとすんなり、妊娠したのを考えたら、体調は悪くなかったんだと思います。
やはり、下血していたり、体重が落ちるばかりの栄養状態では、どうなっていたか、分かりません。
妊婦生活
主治医には結婚する時に聞いていたので、妊娠の診断は地元の産婦人科でしてもらいました。
大腸の定期検診で主治医に報告し、妊婦生活の始まりです。
出産予定日が近づいたら主治医のいる大学病院に転院、そこの産婦人科にかかり、帝王切開で出産という予定。
いわゆる、里帰り出産のようなスケジュールですね。
妊婦健診も、普通です。
お尻事情と、膣の中は、検診には影響ないということでしょうね。
お尻の状態や便回数に変化のあった記憶はないです。
初産のせいもあるのか、お腹が大きくなるのは遅く、悪阻は軽かったのですが、味覚が変わり、やたらと「ペペロンチーノ」や今はアウトの「レバ刺し(生レバー)」を食べていました。
ごくごく普通の妊婦さんです。
羊水検査
普通の妊婦としての不安事以外に、術前に使った薬に対する不安がありました。
特に何か調べた訳ではありませんでしたが、ステロイドも目一杯使いましたし、従姉妹に障害を持った人がいてるので、もし・・・という気持ちはどうしても拭いきれません。
色んな意見があると思いますし、否定・非難されるかもしれませんでしたが、何かあれば産まない選択をしようと夫婦で話し合い、出産前診断を地元産婦人科にお願いしました。
まずは採血で検査し、グレーという結果だったので、羊水検査まですることに…。
羊水検査は地元産婦人科でできず、出産予定の大学病院へ。
ちょっと?
いや、まぁまぁな最初のトラブルがありました。
地元産婦人科で言われていた羊水検査期間と、大学病院で行える検査期間が違う!!
つまり、万が一の選択には期限があり、大学病院では通常の検査をしていたら間に合わないというのです。
え~!?!?
そして、採血で出ているグレーな結果を目の前に、取れる方法は、倍料金の緊急検査で、グレーな項目だけ先に調べるという事でした。
幾ら払ったかな~
10万円以上かかりましたよ。
採血の分も数万円かかっているので、いやいや、本当に高額な不安対策でした。
この辺のトラブルは、2か所の病院にお世話になる人は特に、きちんと調べておく方がいいですね。
例え、片一方の病院で言われた事でも、もう一方の病院では対応が違うこともあります。
羊水検査のように、地元産婦人科では最後まで対応できない事もあるので、気を付けたいところです。
自分達で動かないといけない、ということですね。
突然の出産
検査も無事に終え、胎動を感じながら、おしりナップを持って散歩に出かけるような、順調な妊婦生活を送っていました。
その日は主人の方の法事があり、普段ならする昼寝もできず疲れて車でグッタリ…その帰りにお腹に違和感!
そして、時間とともに激痛に変わり、帰宅後、救急に電話をし、受け入れてくれる病院に走りました。
そこは大学病院ではなかったのですが、新生児医療では有名なT病院。
後から感じることなんですが、T病院に受け入れてもらえたのは、本当に幸運でした。
そして、
『腸閉塞』
術後の癒着で小腸が縛られている状態(ちゃんと覚えていない…)で、腹膜炎寸前・・・
ギリギリまで便が出ないか、病室のポータブルで気張りました。
母も主人もいる前で!
恥ずかしい?
そんなん、感じる余裕はありません。
よく主人に愛想つかれんかったわ・・・
ついには、お腹に付ける、胎児の心拍を計測する機械も痛くてなかなか付けれない、赤ちゃんの心拍も限界・・・
決断を迫られました。
私は、大学病院での処置を希望しましたが、T病院からは距離があります。
でも、不安!怖い!!
痛みが増す中で、決めれずにいてる私達…
そこへ、T病院の先生方が数名来て、
「ここの病院なら、今、必要な医師を揃えられる」
という事をお話してくれました。
お任せしました。
今でも大好きな『医龍』を思い出したんは、ちゃんと元気になってからやったけどね。
痛さに苦しむ様子を見て、麻酔科の先生が早めに麻酔で落としてくれたので、次の目覚めはICUだか、回復室だか…。
お腹を開いてから決めると言われていたストーマも付いてるし、最悪な目覚めで、本当にしんどい一晩でした。
結局、小腸を治療するために赤ちゃんも出され、27週938gという記録が母子手帳に記入されました。
またストーマ造設となった私は、産婦人科病棟ではなかったので、説明も無くボン!と置かれたママセットの使い方も分からず、オロは出るは、夜中でも搾乳されるは・・・
憧れていた、産科病棟での入院は夢と終わり、戦いの入院生活。
精神的にも病める要素タップリの状況で、ただ、生きていましたね。
何の試練?トラブルは再びに!
それでも、人間の生命力と医療の発達、でしょうか・・・
子どもは保育器の中で成長し、私も病室のベッドで少しずつ回復しました。
私の方が先に退院し、病院に通いながら子どもの成長を待つ生活。
子どもの方もトラブルがあったりして、延びていた退院もやっと近づいてきた頃、具合が悪くなったのは、自宅で一人の時でした。
自分で119番に電話し、T病院に運んでもらったんやで!
後悔が一つあって…
玄関に置いてあったモコモコブーツを履いて行ってしまったのは選択ミスやったよ(笑)
救急で処置を受けていたら、NICU(新生児のICU)の師長さんが来てくれて、「赤ちゃんは預かってあげるから」って、赤ちゃんの入院を延ばしてくれた神対応には今でも感謝しています。
そして、ストーマが詰まった私は、チューブを入れないと出ない、という状態が改善せず、体調も悪くなり、エンシュア(みたいな、栄養ジュース…名前忘れ)も飲めず、先生にIVHをお願いするくらい辛くなっていました。
IVHを嫌がる先生に懇願し処置してもらいましたが、結局熱が出てしまい、すぐに抜くことに…
もう院内の子どもに会いに行く体力も無くなった頃、大学病院への転院・手術が決まり、母乳を止める薬を飲みました。
足に謎の血腫(?)はできるし、良いところ、ある?って感じで転院。
知ってる先生の顔を見た時にはホッとして、泣きそうになりましたが、本番はこれから!
手術を待ちながら、
積まれていく栄養ドリンクを吐きそうになりながら半分飲む、
そして詰まる、
ストーマにチューブ入れ直す・・・
それでも、次の手術はやってみないと分からない…
つまり、ストーマの閉鎖か、再造設か・・・
手術室に歩いていく途中、怖さに泣いてしまうくらい、イッパイイッパイで挑みました。
術後、回復室で目覚めた時に、担当してくれていた研修医さんが、
「成功しましたよ!閉鎖できましたよ!!」
って、メッチャ嬉しそうな顔で報告してくれたのは、今でも覚えています。
自分の病室に戻ってから、小腸も短くなってる状態で閉鎖できたのが、主治医の神業とも言える偉業のお陰だと聞かされ、自分の幸運にも感謝しました。
その後は驚きの回復で、あっという間に退院まで突っ走りました。
その後の私たち
私が入院・手術中に子どもは退院し、私の実家で預かってもらっていました。
母は職場に頼み、出勤を限界まで抑え、引退している父は、したこともなかったおむつ交換デビュー、妹家族も時間を見つけては様子を見に行き、主人も週末には会いに行く、そんな皆の協力で、子どもは本当に元気に成長!
沢山の人に育ててもらいました。
私の方は、入院中に「子どもはもう諦めた方がいい」と言う先生の言葉で、一人っ子が決定しました。
大丈夫だという先生もいてましたが、今の自分達に満足しようと、主人に報告し夫婦で決めました。
今は、有り難いことに、大きなトラブルなく生活させてもらっています。
2019年に回腸嚢炎で入院したりしましたが、手術台に上がるようなことにはなっていません。
子どもも、あっという間に成長曲線の平均値に届き、今では身長も体重も平均以上で、超低体重児だった面影を感じることは全くありません。
そして、今日も、これからもトラブルなく、元気で過ごせますようにと祈りながら、日々を過ごしています。
予兆はあった?術後のリスクを意識しておこう
色んなトラブルがあり、その度に色んな人に助けて頂き、普通に過ごせていますが、
実は、妊娠中に気になることはあったんです。
何度か腹痛がありました。
でも、場所が胃のあたり…お腹の上の方だったんです。
勿論、地元産婦人科で報告しました。
2~3度あったので、検診の度に報告はしていました。
しかし、看護師さんの問診の時点で、流されてたんですよ。
本心を隠さずに言うならば、
地元産婦人科の見落としだ、
と私は思っています。
そして、早くに大学病院へ行くべきでした。
次の診察で…なんて思っていたのが間違いだったんですよね。
これは、
地元産婦人科がトラブル対応に弱い場合がある、
自分が、健康な人達よりリスクがある、
ということを、理解していなかったのが原因でしょう。
順調でもリスク、トラブルの可能性を忘れてはいけませでした。
まとめ・子どもが欲しいなら…
最初にも記述した通り、トラブルなく過ごしている人も沢山いてます。
術後に子どもを3人も持てた人がいてると、主治医から聞いた事があります。
ネットでも、子育てをされている人をお見かけしますよね。
こどもがを望めない訳ではないんです。
普通より、リスクが高いんです。
それを理解し、自分の身体の変化・異変に注意が必要なのを忘れなければいいんですよ。
病気をすると出来ないことや、制限のかかることがでてきます。
そうすると、妊娠・出産も一気にハードルが上がりますよね。
どんなトラブルがあるのか、リスクがあるのかを理解し、
パートナーや主治医と相談しましょう。
そして、「迷惑」だとか「自分だけで」だとか思わず、周りの人達に話をしておきましょう。
先に協力をお願いしておけると心強いですよね。
トラブルがなければ「やったぁ~」と皆で喜び、トラブルが起こったら無理せず助けを求めましょう。
子どもが欲しいな~と思っているあなた!
諦めず、一歩ずつ準備を初めてみてくださいね。
どうか、可愛い家族と出会えますように・・・